定岡正二の現在と独身の訳や元カノは?現役時代や甲子園での成績も

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元巨人のプロ野球選手だった定岡正二さん

最近あまりテレビで見ませんが現在はどうされているのでしょう?

未だ独身だそうですが、その訳や元カノとかいたのかな?

巨人軍での現役時代の成績や、高校球児として臨んだ甲子園での成績もまとめてみました。

 

定岡正二さんの現在

定岡正二

 

定岡正二さんって最近テレビであまり見かけませんが、現在は何をされているのでしょう?

とんねるずの生ダラで「おちゃのこさいさい」を「へなちょこさいさい」と訳の分からない言い間違いをして「へなちょこサダ」の愛称で親しまれていたよね^^

定岡正二さんは、元プロ野球の読売巨人軍のピッチャーだったって知ってました?

現役引退後は、へなちょこサダなんて呼ばれていましたが、現役時代は活躍されていたんですよ(笑)

この後のコーナーで、定岡正二さんの現役時代の成績などもご紹介しますね!

現役引退後、「芸能界には入らない」と言っていた定岡さん

一時期はとんねるずの石橋貴明さんや、デビット伊東さんと組んで「ANDYS」という音楽グループまで結成されていました。

「FREEDOM」というシングル曲でメジャーデビューされていますが、佐野元春さんが音楽プロデューサーを務めた曲だったんですよ^^

でも、元々芸能界には入らないと宣言されていたほどなので、その後は活動拠点を鹿児島県に移され、社会人野球チームの「薩摩」を結成しています。

自ら監督にもなり、鹿児島県では初めてのレディース部も立ち上げられるなど、本来の野球の道へ戻られていました。

TBSのラジオ番組では野球解説者として登場されているようですが、テレビへの出演が減ったのは、定岡正二さんご本人の意志だったんですよ!

その定岡正二さんですが、久しぶりにテレビ出演されます。

同じく元巨人軍のピッチャーだった宮本和知さんと一緒に、テレビ東京の土曜スペシャルに出演されるようです。

宮本和知さんの情報はこちら

昔懐かしい「ミゼット」というオート三輪車で、宮本さんと一緒に北関東をドライブするという企画の旅番組のようです。

2014年12月20日(土)18:30~20:54 放送予定です!

久しぶりに現在の定岡正二さんの元気な様子が見られそうですね。

 

定岡正二さんが独身な訳と元カノの噂

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定岡正二さんは1956年11月29日生まれで、現在58歳です。

ですが、どういう訳か結婚をされていません。

現在は独身というのではなく、過去にも一度も結婚をされたことがないのです。

元巨人軍のピッチャーで、そこそこイケメンの定岡正二さんが結婚されないので、世間では女性が嫌いなのでは?といった噂もたちましたね(^^;;

定岡さんご本人は「シャイだから」とおっしゃっていますが、やはりマウンド度胸と、女性に対するアプローチでは結構違うものなんですね(笑)

ただ、噂になった女性が嫌いというのは間違っているようですよ!

定岡正二さんには、同じくプロ野球選手だった弟がいます。

弟さんは定岡徹久さんといいますが、「何度も兄貴のデートにカモフラージュで同伴させられた」と暴露されています(笑)

それを裏付けるように、定岡正二さんにはある大物女優の元カノがいました。

その元カノとは、なんと!

あの、浅野ゆう子さんなんですよ(驚)

と言っても、まだ浅野ゆう子さんが女優ではなく、歌手として頑張っておられた頃の話ですけどね(^^;;

定岡さんは、見つからないように隠れてデートするのがうまいと言われていたので、他にも何名かの元カノがいたはずです。

ですが、ステルス戦闘機のような定岡正二さんの元カノ情報は、他にはレーダー探知できませんでした(笑)

 

定岡正二さんの現役時代や甲子園での成績は?

定岡正二、現役時代

 

 

定岡正二さんは最初のコーナーでもご紹介したように、元プロ野球選手で、読売巨人軍のピッチャーでした。

若い世代の方は、定岡さんがプロ野球選手だったこと自体もご存じない方も多いことでしょう。

なので、ここで簡単ではありますが、定岡さんのプロ野球時代と、高校球児として活躍した甲子園の成績などをご紹介したいと思います。

定岡正二さんの出身地は、現在社会人野球チームの監督もされている鹿児島県鹿児島市です。

高校は、甲子園での名門校でもある「鹿児島実業高等学校」

定岡さんは、この鹿児島実業で2年生と3年生の夏に2回、全国高等学校野球選手権大会に出場されています。

2年生の時の出場は、代打に指名され1打席出場されただけでした。

しかし3年生になって、鹿児島県大会を勝ち上がり出場した甲子園では、エースピッチャーとして大活躍!

鹿児島県代表としては、初のベスト4まで勝ち進まれました^^

最も印象に残る試合は準々決勝の東海大相模戦

現在の読売巨人軍の監督、原辰徳さんとの対戦でした。

鹿児島実業と東海大相模は、両校譲らず延長15回までもつれ込み、定岡さんの力投もあって、鹿児島実業がベスト4に駒を進めました。

でも、準決勝戦では定岡さんが負傷して途中交代したこともあって敗戦し、定岡正二さんの夏は終わりました。

その活躍もあり、1974年のプロ野球ドラフト会議で、読売巨人軍から1位指名を受けてプロ入り

でも本当は、定岡さんの本当に入りたかった球団は「阪神タイガース」だったんですよ(^^;;

ドラフト1位で鳴り物入りで巨人軍に入団しましたが、永らく2軍での生活を余儀なくされていました。

1軍昇格は1977年で、初登板は対大洋ホエールズ戦

現在の横浜DeNAベイスターズですね^^

5月18日の10回戦で8回表に6番手で登板し、2回を投げて無失点というデビューでした。

初先発は同じく1977年の5月26日、ヤクルトスワローズとの11回戦

1回1/3で3失点を喫し、交代を告げられています。

嬉しいプロ初勝利は1980年の6月5日

中日ドラゴンズとの10回戦で先発登板し、6回を投げて2失点という内容で勝利投手になりました。

定岡正二さんは、プロ野球現役は生涯読売巨人で活躍されました。

現役最終年の1985年に近鉄バファローズへのトレード要員になったことから、まだ29歳の若さで任意引退されています。

それでは、プロ9年間の通算成績です。

登板回数:215回

先発試合数:120試合

完投試合数:22試合

完封試合数:7試合

無死球試合:1試合

勝利試合数:51試合

敗戦試合数:42試合

セーブ試合数:3試合

勝率:.548

対戦打者数:3724人

投球回数:872回

被安打:882本

被本塁打数:109本

与死球:20個

与四球:305個

奪三振:492回

失点:427点

自責点:371点

防御率:3.83

右投げ右打ちで、背番号は20番でした。

以上、今回は元プロ野球のピッチャーで、現在は社会人野球チームの監督もされている定岡正二さんについて綴ってみました。

現在既に58歳の定岡さんは、生涯独身を貫かれるのかもしれませんね(^^;;

それではこの辺で失礼致します。

最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。

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One Response to “定岡正二の現在と独身の訳や元カノは?現役時代や甲子園での成績も”

  1. 盛雄 より:

    超一流な才能をもつた人努力の人頑張ってください。かげながら応援してます

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