北九州市の小倉のおでん屋台でおはぎが人気!小倉餡の発祥地って?

sponsored Link

福岡県北九州市の小倉区

玄界灘に面したこの活気溢れる街の冬の風物詩はおでん屋さんの屋台のようです。

ところが何故かこのおでん屋さんの屋台にはおでんの他におはぎが売られているようです。

小倉の方たちは、おでんを召し上がった締めにおはぎをいただくのが小倉っ子流のようです。

おはぎといえばあんこですが、小倉餡の発祥の地って小倉でしたっけ?

小倉ではどうしておでん屋さんの屋台でおはぎが売られているのか?

小倉餡の発祥の地は小倉なのか?

そんなことを調べてみたいと思います。

よろしければお付き合い下さいね^^

 

小倉のおでん屋さんの屋台には欠かせないおはぎ!

小倉おでん屋台 

ちょっと面白いグルメを発見しました^^

と言っても珍しいものではありません。

そのグルメとは「おはぎ」なんです(笑)

何だか凄いおはぎなの?

超高級あずきを使っているとか?

残念ながらそういう話ではありません(^^;;

北九州市の小倉区にある屋台のおでん屋さんでは、おでんの他に何故かおはぎも一緒に売られているそうなんです^^

これって何だか気になりませんか?

 

小倉は昭和38年まで、福岡県小倉市として独立した市でした。

現在は門司市や八幡市などと合併して北九州市の一部となり、小倉区になっていますね。

小倉市といえばオールドファンには懐かしい村田英雄さんの名曲「無法松の一生」の歌い出し

「小倉生まれで玄海育ち、口も荒いが、気も荒い♪」

と歌われているように、威勢のいい活気溢れる街という印象です^^

 

そんな小倉の街にはおでん屋さんの屋台が立ち並び、小倉の冬の風物詩ともなっているようです。

そして、 そのおでん屋さんの屋台には、何故かおでんと一緒におはぎが売られていて、地元小倉のみなさんは、最後の締めには必ずおはぎを召し上がるそうなんです。

おはぎは定番の小倉餡で包まれたあんこのおはぎと、きなこをまぶしたおはぎが売られていて、おでんだけでなく、このおはぎの旨さによっても人気店やご贔屓店があるようですよ^^

 

 

小倉のおでん屋さんの屋台ではどうしておはぎが売られているの?

 おはぎ

先ほどの村田英雄さんの歌にもあるように、小倉といえば活きが良い街という先入観がありました(^^;;

もちろん、小倉にも女性も小さいお子さんやご年配の方もいらっしゃるので、おはぎを召し上がられることは何の不思議もないのですが、なぜおでん屋さんの屋台で売られているの?というのが不思議ですよね。

そこで、小倉のおでん屋さんの屋台ではどうしておはぎが売られているのかを調べてみました。

どうも理由は2つあるようです。

まず一つ目は、重労働者の疲れを癒やすため

小倉市の重要な産業としては、同じく北九州市に合併した八幡市と並ぶ八幡製鐵所の鉄鋼業が挙げられます。

また、軍需産業の街としても発展した小倉には、肉体労働や重労働に疲れた方も多く、おはぎのような甘いものでその疲れを癒やしたというのが一つ

 

では、なぜ屋台なのかというのが二つ目の理由

小倉はやはり威勢のいい街で、お酒が入ると少々血の気が多くて、喧嘩っ早い人も多いようです。

過去には、屋台でお酒を飲んでいて大きなケンカ騒ぎもあり、お酒の販売が禁止されたようです。

そのため、おでんだけでは腹持ちが悪いということで、おはぎを食べることで空腹感を満たすことが考えられたようです。

 

お酒の代わりにおでんを販売することで、これまでは屋台といえばお父さんの行くところでしたが、子供連れの女性も気軽の入れて、何より街の治安が良くなれば、一挙両得ですよね^^

 

ところで小倉餡の発祥地ってどこでした?

sponsored Link

おはぎ=あんこ(小倉餡)ということで気になったのが小倉餡の発祥地

小倉(こくら)というくらいですから小倉餡(おぐらあん)も小倉が発祥の地何でしょうか?

小倉の屋台とは全く無関係ですが、おまけで小倉餡の発祥地も調べてみました(笑)

 

小倉餡の発祥地は京都のようですね。

 

日本で始めて小豆と砂糖で餡が炊かれたの は 京都に於いて平安京ができて間もなくの 820年頃のことであります 当時 京の このあたり 小倉の里に亀の甲せんべいを作って いる和三郎という人がいて 809年に空海が中 国から持ち帰った小豆の種子を栽培しそれに御所か ら下賜された砂糖を加え 煮つめて餡を作りま した これを毎年御所に献上しました こう した菓子は極めて高価で珍しいものでありましたので 一般の庶民の口には入りませんでしたがこの和三郎 の努力で京都を中心に小豆が広く栽培され 江戸時代には茶道の菓子となり 又一方では祝飯 として ハレの料理にも加えられるようになりました
 更に空海は中国の亀の甲煎餅の技術も伝授 し京菓子の技術は日本の和菓子の源流となりました

引用元:http://hamadayori.com/hass-col/food/OguraAn.htm

 

京都にも小倉という地名があったのかと思い調べてみたところ、京都府宇治市小倉町(おぐらちょう)という町がありました。

近畿日本鉄道(近鉄)京都線には小倉駅もありました。

こちらはまさしく「こくら」ではなく、「おぐら」

上の引用文の和三郎さんが住んでいた小倉の里とは、現在の京都府宇治市で、小倉餡の発祥の地のようです。

現代に脈々と伝わる京都の和菓子のルーツも和三郎さんが小豆を栽培したことが始まりだったようですね^^

 

ということで、今回は非常に甘~いお話をしてみました(笑)

あなたも小倉を訪れる機会があれば、おでん屋さんの屋台ののれんをくぐって、おはぎを食べてみてはいかがですか?

また京都へお出掛けの際には、京都の和菓子をいただきながら、お友達に小倉餡発祥の地のウンチク何かを話されれば、あなたの株も上がるかもしれませんよ^^

何だかおはぎが食べたくなってきたのでこの辺で(笑)

最後までお読みいただきましてありがとうございました。 

Sponsored Link

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ